糖尿病の運動療法
運動療法は糖尿病治療の3本柱(食事療法・運動療法・薬物療法)といわれ、特に2型糖尿病患者に対する運動療法は高いエビデンスが認められています。適正な運動処方は合併症を予防し、糖尿病をコントロールするうえで欠かせません。
ここでは、糖尿病の運動療法で重要な、1.運動療法の効果、2.運動処方、3.リスク管理についてお話ししていきます。
1.運動療法の効果
運動療法の効果には、
1)運動の急性効果
2)運動の慢性効果
3)減量
4)加齢や運動不足による筋萎縮や、骨粗鬆症の予防
5)高血圧や脂質異常症の改善
6)心肺機能や運動機能の向上
7)ストレス解消などの心理的作用
などが挙げられます。
このうち、1)運動の急性効果、2)運動の慢性効果は特に重要な効果です。
1)運動の急性効果
●血糖値の低下
運動により筋肉内でのブドウ糖、脂肪酸の利用が促進され、血糖値の低下作用をもたらします。
特にインスリン非依存性血糖降下作用は代表的な急性効果です。
インスリン非依存性血糖降下作用
運動による筋収縮は骨格筋内の糖輸送担体(GLUT4)の細胞内から細胞表面への移動(トランスロケーション)を促しインスリン非依存的に
組織の糖取り込みを促進し、血糖値を低下させる。
運動後約半日~1日持続する(キャリーオーバー現象)
2)運動の慢性効果(トレーニング効果)
●インスリン抵抗性を改善する
2型糖尿病によくみられるインスリン抵抗性の増大は、運動の継続により改善され、骨格筋での糖の利用能力が向上します。
これにはa)骨格筋刺激による効果、骨格筋自体のb)質的変化、c)量的変化が関与しています。
a)骨格筋刺激による効果
運動で骨格筋が刺激されるとインスリン抵抗性を改善するミオカインと呼ばれる生理活性物質が分泌される。
ミオカインの働きにより脂肪分解、脂肪酸のβ酸化、肝臓でのグリコーゲン分解が亢進し糖の利用能を向上させる。
この効果は運動後3日間~1週間ほど持続する。
b)骨格筋の質的変化
運動を継続すると骨格筋に質的変化が起こり、インスリンの情報伝達経路が改善する。
細胞内シグナル伝達がスムーズになり骨格筋の糖取り込み能力が向上する。
主に有酸素運動により高められる。
c)骨格筋の量的変化
運動で骨格筋そのものの量を増やすことにより、糖取り込み量を増加させる。
主に無酸素運動やレジスタンス運動により高められる。
●脂肪組織の減少
厚生労働省の調査によると、男性の約29%、女性の約19%は肥満者(BMI≧25)と発表されています。
肥満は皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満に分かれ、生活習慣の乱れにより過剰に中性脂肪を蓄積すると、内臓脂肪型肥満の原因となります。
内臓脂肪は動脈硬化の危険因子となり、インスリン抵抗性を増大させる生理活性物質である悪玉アディポサイトカインの分泌を促進します。
運動を継続すると、内臓脂肪を有意に減少させる事が分かっており、肥満の解消やインスリン抵抗性の改善にも効果的です。
2.運動処方
糖尿病患者の血糖コントロールやリスク管理をより有効に行うには、1)運動の種類、2)運動の強度、3)運動の継続時間・頻度、4)実施のタイミングを適切に設定することが重要です。
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運動の種類
●有酸素運動
糖尿病の運動療法の第一選択として用いられている運動です。無酸素性代謝閾値(AT)を超えない軽度~中等度の運動を長時間行い、
運動の急性効果や、慢性効果の他、脂質代謝異常の改善などをもたらす優秀な運動です。歩行やジョギング、自転車を用いた運動が
広く行われており、最近はエアロビクスやポールウォーキングなど、バリエーションも豊富です。
●無酸素運動(レジスタンストレーニング)
抵抗負荷運動などの強度の強い運動を指します。かつては血圧上昇による血管系イベントのリスクや、高齢者の外傷リスクなどから、
糖尿病患者には勧められていなかった運動でした。
しかし最近の研究では有酸素運動と無酸素運動を適切に組み合わせることで、糖尿病治療に最大限の効果をもたらす事が判明しました。
有酸素運動と同じく急性効果、慢性効果を得られる他、筋量増加による基礎代謝の向上、加齢、不活動による運動機能低下の改善などが
期待できます。
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運動の強度
運動耐容能や運動機能には個人差があります。よって各個人に最も適した運動強度を設定するため、基準に従った指標を参考にする必要があります
●酸素摂取量(V(・)O2)を用いた指標
V(・)O2はATを決定するうえで重要な指標のひとつであり、もっとも正確に運動耐容能を評価できる指標です。
糖尿病の運動療法としては最大酸素摂取量(V(・)O2max)の50%前後(AT少し手前)程度の運動強度が至適強度といわれています。
しかし評価には呼気ガス分析装置が必要であり、可能な施設は限られるため、以下に紹介する指標で代替的に推測します。
●心拍数を用いた指標
V(・)O2を推測するものとして心拍数を用います。カルボーネン法を用いて目標心拍数を設定する方法を勧めますが、
50歳未満では100~120/分以内、50歳以降は100/分以内を基準とする方法も一般的です。
●自覚的運動強度(RPE)を用いた指標
代表的なものにBorg Scale(図1)があります。運動の基準は「楽~ややきつい」程度の運動を目標とします。
そのほかにも、臨床的観察で「Tシャツが湿る程度の汗をかく」、「会話をしながら行える」程度が至適強度といわれています。
●METs(メッツ)を用いた指標
厚生労働省は、健康づくりのための身体活動基準2013のなかで、METsを指標とした身体活動の目標を打ち出しました。
METs(身体活動量)は、身体活動の強さを安静時の何倍に相当するかで表す強さの単位で、安静座位が1METs、普通歩行が3METsに
相当します。さらにMETsに身体活動の実施時間(時)をかけたものを用い、身体活動基準を示しています。
厚生労働省は生活習慣病患者に推奨される身体活動量の基準について、「強度が3~6 メッツの運動を10 メッツ・時/週行うことが望ましい」と
示しています。
この指標の重要な部分は、運動と、生活活動を全て身体活動として捉えることにあります。
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運動の継続時間・頻度
1回30分、1日2回程度を目安に週3回以上が効果的な目安となります。因みに「1日に10分を6回」でも、「1日に60分を1回」でもほぼ同様の
効果であることが分かっています。60分を限度とし、有酸素運動と無酸素運動を組み合わせて行うことが重要です。
そのほか、歩行を行った場合の目安で有名なものにとにかく「1日1万歩」という格言(?)があります。1万歩の理由として現代人の1日摂取カロリーが必要
カロリー数の約200~300㎉程度余分に摂取しているところからきています。厚生労働省によると、平成24年の国民の1日の歩数の平均値は高齢者ほど
少ない傾向にあります。
これを運動で消費しようとすると300㎉消費するのに1万歩必要な計算になります(当然個人差はあります)。これを根拠に消費カロリーを目安に運動を行う
場合は1日160~240㎉程度が適当とも言われています。
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実施のタイミング
実施時間帯について、糖尿病で特に問題となるのが食後高血糖です。そのため、食後30分頃から運動を始めるのが良いとされています。
しかし仕事をしている方は時間帯を選ぶ余裕がないことも多く、そのような場合はライフスタイルに合わせて短い時間の運動を頻回に取り入れる
ことを心がけてもらう指導が重要です。
3.リスク管理
糖尿病の運動療法は正しく行えば有用な効果をもたらしますが、リスク管理を誤ると様々な悪影響を及ぼします。年齢、身体機能、運動習慣などを十分把握し、個々の患者に適した運動を実施する必要があります。
また、状況に応じて専門医の意見を聞き、運動の可否を決定する事が必要です。下表1,2に運動療法の可否や運動のリスクを示します。
表1 運動療法を禁止あるいは制限した方が良い場合
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血糖コントロールが極端に悪い(空腹時血糖≧250㎎/dlや、尿ケトン体中等度陽性)
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増殖性網膜症による眼底出血例
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糖尿病性腎症重症例 (血清クレアチニン≧男性2.5㎎/dl,女性2.0㎎/dl)
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心肺機能障害や関節疾患を有する例
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急性感染症
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重度の自律神経障害
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糖尿病足病変
表2 糖尿病患者に対する運動のリスク
心血管系
・(しばしば無症状の)虚血性心疾患による循環器系機能障害と不整脈
・運動中の過度の血圧上昇
・運動後起立性低血圧
微小血管系
・眼底出血
・蛋白尿の増加
・細小血管症の悪化
代謝系
・高血糖、ケトーシスの悪化
・インスリンや経口血糖降下薬で治療中の患者における低血糖
筋骨格系や外傷
・足の外傷(特に神経障害を有する患者)
・神経障害に関係した整形外科的外傷
・変形性関節疾患の悪化
・目の外傷(および眼底出血)
出典:中尾一和(監訳).最新 糖尿病の運動療法ガイド.メジカルビュー社;1997.pp60‐68
4.おわりに
糖尿病の運動療法には様々な形や注意点があります。重要なのはその患者にもっとも適した方法を、状況に応じて選択し、何より継続してもらうことです。
正しく用いれば、例え時間はかかっても必ず改善します。患者さんに寄り添い、糖尿病とうまく付き合っていけるよう最適な指導を目指してください。